吉右衛門へら鮒釣り2011

  ◎回想記
03月14日(金)

回想記、
つつじ野べら会の巻。

つつじ野べら会。
この会は私が千葉に流れてくる前に所属していた埼玉県狭山市に今も存在する、へら鮒愛好家の釣り会だ。
前号の記事を作成するにあたり、「つつじ野べら会」のことにも触れたら、俄に会への郷愁が湧いてきて、このことも釣行記に書いてみたくなった。そこで今回は、回想記と題して一本の記事に纏めてみようと思う。
私が会に在籍していたのは1.976年から1.982年の七年間。
この間に数々の思い出があるが、一番印象的だったのは、初めて参加させてもらった「印旛沼・道神前水路」ではなかろうか。
そこでこの事を書くにあたり、過日、数年ぶりに思い出の地を訪ねてみたのだが、寂しいことに曾ての面影は喪失していた。
水路全体を探索したわけではないから何とも言えないが、例会の中心場所であった北側(捷水路側)は、成田アクセスなる高速鉄道が開通した影響で、おんどまり付近は埋め立てられ、水路にも水生植物が生い茂り、へら師が竿を出した痕跡は何処にも見当たらなかった。
道神前水路は別名、道珍前水路ともいい北部印旛沼の南側に位置する甚兵衛広沼の西側にある水路だ。(写真は文末に掲載)

釣行記写真
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赤字部分が、道神前水路。
この地図は、Google より引用して、
主な名称を書き込んだ。

回想記、
1.976年04月18日
印旛沼・道神前水路。

午前一時。
待合せ場所である西武新宿線入曽駅で落ち合う。
私はこの年の春、練馬の石神井から狭山市に転入してきていた。
この地へ流れた理由は後日に譲るとして、自分のなかでこの二年ほど前から釣り熱のようなものが生まれてきていて、ちょうどこの頃が趣味と言えるに育った頃であった。
この界隈にはちょっと足を延ばせば、いわゆる準山上湖と呼ばれる池群が存在する。
円良田湖や宮沢湖に行ってみたい…。
しかし、私は自家用車もなければ運転免許の資格もない。
そこでこの見知らぬ土地に移り住んで、最初に始めたのが釣り会探しであった。
そんな時だった。上手いタイミングで会が、専門誌の隅っこで「会員募集」をしていた。それに応募して、この日が初の参加となったわけだ。
約束の場所に着くと既に故越岡麦秋会長と西山武雄さんが居られた。こんな時間にこんな出立ちでいるのは、へら師しかいないから直ぐにわかった。
早速、姓名を丁重に名乗りご挨拶。
そして初心者であることと道具も満足に揃っていないことを相談したのだが、競釣会というよりも親睦会のような会であるから気楽にとの説明をうけた。
会長の車に乗せてもらい集合場所である狭山市の農協付近に移動すると、そこには先輩会員が既に勢揃いしていた。人数は十人前後だったと思う。年齢は、みんな自分よりも年長者であった。
それはそうだろう。この時の私は花も恥じらう、二十二才。既婚であったが青年であった。
後日、幹部会員を除く先輩諸子の年齢を二十代半ばから後半と知るが、みんな若かった。今、釣り場に赴いても出逢うことのない年齢層だ。
さて、ココでも新参者の仕来りとしての挨拶と自己紹介を行い、晴れて入会と成ったわけであるが、自分の思惑と会の方向とに、少々のズレを感じた。私は例会場所として上述した準山上湖群を期待していたのだが、会はそちら方面にはあまり興味が無く、例会は専ら印旛沼周辺と佐原水郷方面とのことであった。要するにこの会でいう〈野べら〉とは、自然にふ化した野生のものを差していて、準山上湖の放流べらはそこに含まれていなかった。
このあと、何台かに分乗し出発したのだが、ここで始めて目的地が印旛沼の周辺で正確な場所は現地に着いてから決めるときかされた。
狭山から印旛沼は遠い。
国道十六号線の外周道路を狭山から川越、大宮、岩槻と廻り野田のコカ・コーラボトリング利根工場を左折すると大きな川にぶつかる。利根川だ。
その川に沿って木下、安食と進んだ所が印旛沼であった。
雰囲気は和気あいあいそのもの。
しかし、私はそんな喧噪をよそに始めて経験する釣り会と新参者である気遣いとに、気が遠くなるほどの時間に感じた。

午前三時半頃
印旛沼に着いた。
到着場所は、西部印旛沼にある鈴木商店だった。
ここで知らされたのだが、この日は他会との懇親会でもあって、相手は足立区にある、柳へら鮒会さんだった。
何でも越岡会長が足立区に住まわれていた頃からの付き合いらしく、合流すると挨拶もそこそこに何やら小イベントが行われた。カッパギなるものであった。釣り会に入るとこんなこともするのか、と違和感を感じるも、五輪精神で参加した。
この後、双方の幹部が話し合って例会の場所も決まり、捷水路に沿って北部の印旛沼へ移動するのだが、釣りをする前からとても疲れたのを覚えている。

午前五時頃。
移動した例会場所は、沼から引水の為に掘削された本湖と田圃に挟まれた、農業用の人口側水路であった。
名前は、道神前水路というらしい。
私はてっきり、印旛沼の湖畔にでも竿を並べるのかと思っていただけに、あてがハズレた。
こんなところで釣りをするのか…。
釣りをする前から途方に暮れてしまった。
私がこれまで経験した釣り場は多摩川と奥多摩湖、そして石神井公園と善福寺公園の池でしかない。そもそもへら師を気取って竿を出してはいたものの、釣れてくるのは鯉や真鮒ばかりで、へら鮒を釣り上げた経験は善福寺公園での一枚きりしかなかった。
ではどこでへら鮒釣りを覚えたかというと、毎月の給与後に行く釣り堀の「喜楽沼」であった。

閑話休題。
散開し、それぞれが思惑を秘めてポイントに向かった。
私も勝手はわからなかったが、取り敢えず空いていた場所に入釣し竿を出した。
水路の幅は数米。
対岸に陣取るへら師の会話がまともに聴こえてくる距離だ。
竿の長さと浮子は忘却したが、餌は覚えていてマッシュポテトの素練りを使った。
棚は底。
底と言っても前述の喜楽沼で覚えた、自己流の擬きでしかない。
浮子のトップ位置を設定して、浮子が寝れば棚を浅くしていき、適度に止まった位置を、底、としていただけだ。
錘ベタ、共づらし、片づらしなる用語も知ってはいたが、知っていただけのことであった。
餌を投入すると直ぐに魚信に恵まれた。
興奮したが、対処方法が分からない。
それでも鉄砲を数多くうっていると、針に魚が掛った。
へら鮒であった。
人生初の本格的野釣りでの釣果に大喜びをした。
型は七寸程度だったと思う。
しかし残念なことに、この一枚を釣り上げると、魚の採餌行動も終わってしまった。
浮子が鎮静すると張りつめていた緊張が失せたのだろう。強烈な睡魔に襲われて、寝てしまった。
二時間も眠ったであろうか。再開して間もなくだ。餌が落ちと思った竿に魚が掛っていた。
魚信無しというやつで、幸運に恵まれた。
これで釣果は、二枚。
まさに、ビギナーズラックであった。
そしてこのあとは何事もないまま、納竿。そして検量。
目方は三百二十グラム程度と記憶していて、六位だった。
何やら商品を受け取ったとき、大きな拍手を浴びて嬉しかった。

ここまで書き上げて、ハタと気がついた事がある。
この後も何度か、印旛沼周辺での例会に参加させてもらったが、釣果はこの時の二枚がすべてだった気がしたてきた。
中央水路、物木水路、松崎水路、旧長門川、本湖で水棹を刺して舟を繋いだ事もあったが、ことごとくオデコだった。
それでも楽しかった。例会が来るのが待ち遠しかった。
釣果などは二の次だった。
つつじ野べら会に愛着が生まれた。
運転が出来ない私は、いつも連れて行ってもらう立場だ。
そこで何か会に貢献したくて、会報を創刊した。
しかし、前号でも書いたが、このあと会は変貌していく。
例会場所は、魚影が濃いことが必須条件となった。
すると会員は増え、競釣会的な雰囲気に支配されていった。
ちょうどその頃であった。転職した職場で職種が替わった。
工員だったのが、営業マンとなった。
この仕事が妙に自分とあっていた。
仕事が何よりも面白くなって、仕事人間へと変身した。
その連鎖でか例会は休みがちになり、会からも疎遠となった。
そして散々お世話になった会ではあったが退会するとともに、
竿を折った。
1.982年のことであった。

時は流れて、2007年。
私は釣りを再開した。
この年の六月。
旧友の吉田苔鮒水さんのお世話で、つつじ野べら会の例会に参加し、楽しい時間を過ごさせてもらった。
場所は三名湖の大土手桟橋。
二十五年ぶりであった。
参加者は二五名くらいだったろうか。その間に随分と人の入れ替りがあったらしく、見知った顔は吉田さんを含めて二名だけだった。しかし、懐かしく、それはまさしく、
つつじ野べら会の例会であった。

こうして記事を書き終えると、あの頃が思いだされる。
入会したとき私が最年少であったのだから、みな還暦を過ぎて、いいお爺ちゃんになっているのだと思う。
過日、何十年ぶりかで水路に立ったとき、検量後のみんなの笑い声が脳裏をかすめた。
叶わぬ事と思いつつも、
一度でいいから、あのころに戻りたいと思った。

お仕舞い。

釣行記写真
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上に掲出した地図の拡大図。
赤丸数字は下部に掲出した写真撮影の位置を示す。
地図上にある線路より北側部分は埋め立てられている。

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農道の突き当たりの盛土してある堤の手前に水路がある。

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荒れ果ててしまっている水路。
この辺りに入釣した気がする。

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北側最先端より水路を望む。

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堤より甚平衛広沼を望む。


2013年03月16日(土) 。
吉右衛門。



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