2012年12月3日 のアーカイブ

ペンキ屋との夜、の巻。


決算を週末に控えた夜のことだ。

私はペンキ屋と日本橋茅場町に在る天麩羅の名店、

「みかわ」にいた。

暖簾をくぐってから半時も経ったであろうか。

次々に揚がってくる天麩羅に舌鼓を打ちながら、

飲めない酒もそれなりに進めていた。

「そんなに飲んで大丈夫ですか…?」

ペンキ屋が私の体調に気遣いながら、

そそいでくれる酒の味は格別であった。

美味い。

そして呑み干してから見たペンキ屋は、美しかった。

恐らく故郷である江ノ島の美人コンテストに出場すれば、

ペンキ屋が選ばれるのではなかろうか。

古い表現に、「百萬ドルの笑顔」というのがあったがまさにそれだ。

そんな容姿の持ち主であるのに、美人を鼻にかけたところがない。

いや、それどころかそちらの方は自信無げで控えめだ。

もう少し洒落っ気があれば、とも思うのだが

それは余計なお世話というものだろう。

何にせよコイツを娶った男は、この笑顔を独占出来る。

羨ましい、と思った。


平成十九年四月十六日。

この日が、ペンキ屋と初めて会った日だ。

東京駅の構内で待合せ、

丸の内に在るカフェに連れだし面接をしたのであるが、

出逢った当初のペンキ屋は子供であった。

少女の面影を幾つも残していた。

その時の印象を思いだそうと、

古い日記を紐解いてみたらこう記してあった。

「芸術家の部分が魅力であるがそれが不安でもある…」

さらに印象的な事として、趣味が貧乏旅行としてあったことだ。

品のよい清潔そうな白いブラウスを着ていて、

時折りみせる笑顔に惹かれた。

思案六法。

この娘に決めようか。

そう思い、面接を進めた。

「いままでどのような仕事をしていたのですか…?」

「外壁に絵を描いていました」

「え、絵ってどんな…?」

「下絵があってそれに色を塗るのです」

よく理解できないが昔でいう、ペンキ屋なのか、

今でいう塗装業なのかもしれない…。

世慣れしていない彼女が一生懸命説明してくれるのだが、

なんのことだかわからなかった。

それでも、そんな事はどうでもよいと思い、

最後は独断で決めた。


あれから、五年半が経とうとしている。

毎日職場で会っているから気づかなかったが、

大人になって当たり前だ。

そんなことを一頻り考えていたら、最後のメニューとなった。

天丼か天茶を選ぶのであるが、ふたりで天茶を頼んだ。

もっと長居をしたかったが、二部制だから仕方がない。

重い腰を上げ勘定をして、一件落着。

店をでる。


風がでていた。

引き戸を閉めた先は寒かった。酷寒であった。

しかし、このまま別れたくはなかった。

「東京駅まで歩いてもらえるかなあ…」

無理を知りつつ、誘ってみた。

「いいですよ」

快諾をえた。

そういう奴なのだ。

滅多の事ではいやとは言わないのだ。

ふたりでとぼとぼと、八重洲通りを東京駅に向かって歩いた。

いろいろな話をした。

そうしたら、何だろう。

ふと、回顧の情からか感情が溢れだし、段々と心に動揺がでてきた。

どうしよう…。

肩に手をかけたかったが、それはやめておいた。

土俵際で意気地がないのは、ずっと昔からだ。


お仕舞い。


吉右衛門。


真面目な店であったので写真が撮れていません。

それでは寂しいので、別の写真を載せておきます。

2009年の年末にスタジオで撮ってもらったカットです。

ペンキ屋と撮って写真では、これを一番気に入っています。




















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