2015年12月15日 のアーカイブ

「上海蟹と鱶鰭のスープ」の巻

十一時二十分。

開店十分前の入店となった。

実はわたし。

開店には早かろうと附近をうろついていたら女房に呼び出された。

意外だったのは、客の数。

開店前には行列などできていなかったのに、

すでに二階も含めて満員。

訊けば、ほとんどが予約客とのこと。

この人気ぶりには驚いた。

さて、料理。

家内は早々と何かのコース料理を依頼して続くは、わたしの番。

散々悩んだ末に発注したのは海老チリと青椒肉絲、そして蟹玉。

とても還暦を過ぎた老人の食事とは思えないボリューム。

そしてさらに食欲をそそられる一品があった。

それは、上海蟹と鱶鰭のスープ。

しかし、これを頼むには勇気がいる。

このような高級食材が使われる割には、料金が安すぎる。

まがい物ではないか…。

失礼ながら、そう思った。

それを古女房に云うと、

風邪が治るかもしれないから呑めという。

それでは騙されたと思って頼んでみると、

皮肉なことに、これが一番にやってきた。

初めて見る、スープは異様な色だった。

商売柄、カラーチャートで表現すると、

墨60%+紅40%といったところ。

これは呑んでもよいのだろうか…。

躊躇うものがあった。

その悩みを女房に告白すると、

男でしょっ!呑みなさいよっ。何故か、叱責された。

なんで男だと呑まなくてはならないのか。

よくはわからないが、考えてみれば、そう惜しい人生でもない。

今年もいろいろな事があった。

念願の富士山へ釣りに行けたこと。

昔の恋人のまりちゃんと何度も逢えたこと。

孫が喋れるようになって、会話ができたこと。

これ以上長生きしても、もうペンキ屋には逢えないこと。

こうして振り返っても、

この世に未練があるかと云えばないような気がしないでもない。

それに何かあっても、

四十年連れ添った女房の前となれば、それでよいのではないか。

勝負に出ようっ!。

そう決めて口をつけてみると、これが美味いのなんのって。

桃源郷にでも行かないと手に入らないような味。

いやはや。病み付きになりそうだ。

こうして後続の料理を鱈腹食べて、一件落着。

出産前の蛙のような腹を抱えて、店をあとにする。

お仕舞い。


2015年12月15日。


吉右衛門。


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