吉右衛門へら鮒釣り2011
◎第伍回釣行 07月30日(月)
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戸面原ダム。
宇藤木橋先、第1カーブ。
戸面原ボートセンター。
晴天、凪時々突風。
気温31度、減水2.9m、水温26度、水色澄み。   

魅惑のポイントに舟を結んでみたが…、の巻。

八月五日五時半。
「産まれそうなので行ってきます」
二度寝についたばかりの私の耳元で、女房が囁いた。
この台詞。遠い昔にも聞いたような気がした。
そうだ、そうだった。
あの時と同じ台詞であった。
……、
あれは三十数年前の真冬。
私たち家族は長女を出産するため、杉並に在る女房の実家で世話になっていた。
真夜中のことだった。
「あなた、ちょっと行って産んできます」
出産直前に、彼女が私にかけた言葉であった。
彼女は義父母に病院へ送ってもらう直前まで、自分のことよりも私と幼い長男を気遣っていた。
気丈な女だと思った。
……、
今、その時に生まれた長女が孫娘を出産する。
寝ていては拙いだろう。
俄に義務感のようなものが湧いてきた。
寝室を出て自分の部屋で出産の報を待つ事にしたのだが、自分も病院へ行くべきではなかろうか。
便利な時代だ。
「どう?」
ショートメールで女房に問うと、
「もう直ぐ、みたいだよ」
返信がきた。
「オレも行くから…」。
……、
病院に到着。
二階の待合いに上がると、女房が笑顔で待っていた。
ふたりで、遠い昔日の、あの日のことを話していたら、看護師さんがやってきた。
「そろそろですから、お母さんはどうぞ」
「お父さんも行きます」
そう言って、私も立ち上がりついて行こうとすると、
「お父さんは駄目です」だって…。
……、
ひとりぽつねんと待合いで、待つ。
先ほどまで女房と話していたことを想う。
想うが思考は、娘よりも女房の方へと流れた。
彼女とは所帯を持つ前からも数えると、四十年も一緒にいる。
花も嵐も踏み越えて、苦楽を共にしてきた。
灯台守の歌だ。
私たち夫婦も今日から、おじいちゃん、おばあちゃんとなる。
初めて会った時、彼女はセーラー服を着ていた…。
私は柄にもなく、
──幸せにする!。
なんて言って口説いたが、約束は守れているのか…。
……、
七時二五分、
女房が目を真っ赤に腫らして戻ってきた。
無事に産まれたという。
「よかったね…」
女房の肩を抱いていたら、婿どのも到着。
「おめでとう」
声を掛けたら、彼も感激からか大粒の涙を流していた。
そんな処へ、看護師さんが生まれたばかりの孫娘を連れてきてくれた。
先ずは家内に渡してから、婿どのへ。
私にも抱かせてくれようとしたが、落としたら怒られそうなのでヤメておいた。
……、
娘のいる分娩室へ通された。
ベッドでは娘が感激の涙を流していた。
そして私の顔をみるなり、手を握ってきた。
この不意の出来事に、娘が愛しくて堪らなくなった
つい涙をもらい声が出なくなってしまう、私。
数分が経ち、漸く、声にならない声を絞り出した。
「ご苦労さま…」。
先ほどの看護師さんが孫娘を連れてきて、
「はーい、おじいちゃんですよ」
そう言って、私の腕に抱かせてくれた。
初めて世間様から、おじいちゃん、と呼ばれた。
……、
小さな生命に触れた。
とても尊いものに感じた。
これが孫娘なのか、と思った。
目は二重瞼だった。
小さな指だが十本揃っていた。
この娘も家族の一員となるのか、と思った。
この娘のセーラー服姿は見れるのか、と思った。
この娘が長生きすれば二十二世紀だ、と思った。
変な男にひっかからなければ、と思った。
昨年の秋に死ななくてよかった、と思った。
そして、こうも思った。
今日の事は、昔日に私が女房を口説いた時から始まったのだ。
この娘には私と女房の血が流れている。
何と言うか子孫を残すという、大きな使命を女房とやり遂げた、と。

前回の釣りは愉快であった。
あの痛快さといったらなかった。
帰路の館山道から自宅までの間、ズッとその余韻に浸ることができた。
改めて考えるまでもない。オレはあのような釣りが好きなのだと思う。
では、もしあの日の釣果が零であったら?、と問われても、
迷う事なく、「それでも良し」と答えるだろう。
そうなのだ。
昨年の前島辺りから、自分の嗜好のようなものがはっきりとしてきて、何と言うか、好釣果を連発しているポイントよりも、廃れつつある曾ての名ポイントであるとか、季節外れのポイント、何かが起こりそうな雰囲気に包まれている得体の知れないポイントに魅力を感じるのだ。
これは不人気ポイントで一発大穴を狙うような、山師的な思惑からではなく、ロマンなのだ。
そして、今回もロマンチックな釣りに挑みたい。
場所は既に決めてきてある。
前回の帰路に見つけた、魅惑のポイントに舟を結ぶのだ。

午前七時。
戸面原ダムへ到着。
入店するなり管理人の相沢さんに、魅惑のポイントの写真を見せると即答が返ってきた。
「オッ、第1カーブじゃないですか。ココは吉右衛門さんが前回やった時(減水1米)よりも、減水が進んだので難しいと思いますよ。先日、出掛けたお客さんも水が無くて、釣れずに戻ってきました」
「そうですか…」
出端を挫かれてガッカリしたが、相沢さんは優しい。
ヤメた方がいいですよ、とは言わない。
言わないが、遠回しにこう言われた。
「魚が居ればいいのですが…」
そして、川上魚昇さんの水深図でも説明をしてくれた。
「この水深図によると水深は 9.1mです。しかし、その後の堆積を考えると今の水深は 8.5m前後と考えられます。それに現在の減水 2.9mを加えると、今日の底は5.6mです!」
──なる程、底釣り愛好者はこうやって水深を計算するのか…。
今まで水深には興味がなかっただけに、ひとつ学んだ思いだ。

釣行記写真
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相沢さんに見せた、魅惑のポイント。

午前七時半。
天気晴朗波ハ凪。
出舟時間から遅れる事、二時間。
誰も居ない桟橋より、ひっそりと出航。
桟橋からの離れ際、川筋方面への出漁者を問うてみると、なんと零名とのことだった。
今朝の湖は優しい。
前回の荒くれた湖面が嘘のよう。その静寂なる湖面をまったりと漕いでいると、目的地の第1カーブへ到着。
ココにやって来たのは前回に続いて二回目だ。地形の特徴としては名前の通り川が曲がっているのだが、その曲がりようときたら可成り急で、直角以上に折れ曲がっている。
興味があったので帰宅してからも地図で確認してみると、上流から東北の方角に流れてきた川は、ココで戸面山の裾にある屹立した岩盤に行く手を阻まれ、急旋回して真西の方向へと流れを変えている(地図は後出)。
では何故、この場所に舟を結ぼうとしたのか!。
答えは簡単。
前回の撤収時に、このカーブの要衝である角の部分に絶好の立木を見つけたからだ。この立木は満水時には水面下に隠れている。つまり夏季の減水時にしか入釣出来ない好ポイントだと、狙いをつけたのだ。
期待は大きいが、確かに水量が少ないので不安も大きい。
上に掲出した写真の時(減水1.0m)より水位が1.9mも下がってきているから、水面にあったロープの切れ端が、今日はオレの頭の上辺りにある。
……、
ワクワクしながら仕掛けを作る。
前回の経験から取り出した竿は九尺。そして魚が大きかったので鉤素も針も、いつもより太くて大きい0.5号と8号を用意してきたから、準備に抜かりはない。

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文才が無いので、イラストで説明。
赤字の部分で竿を出した。
地図をクリックしてもらうと、部分的拡大地図になります。

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本日入釣場所の、正面図。
内Rの芯の部分から、外Rの角に向かって竿を出した。

◯本日のデータと予定。
・目標/五枚。
・竿 /朱門峰凌.9尺。
・浮子/忠相パイプトップ.13番。
・鉤素/450粍+600粍。
・餌 /麩系両団子。
・納竿/定めず。

午前九時。
魅惑のポイントでの釣りが始まった。
魚影は薄いだろうが、十一時頃迄には浮子を動かしたい。
長期戦覚悟で始めてみたら、豈図らんや、開始十分で浮子の挙動に変化が現れた。
これは嬉しい誤算。
竿を持つ手に力が入ったが、どうも様子がおかしい。
ふわーと持ち上げたり、もそっと沈めたりで何と言うか力感が感じられない。へたくそな例えだが、偏差値が低そうなのだ。
──これは鮒ではなかろう…。
そうは思ったものの、一縷の望みを捨てたわけではない。
捨ててしまっては、夢がなくなる。
それに過去にも諦めが喜びに変わったことは幾度となくある。
それ故、早く正体を暴こうとあらゆる動きに合わせてみたが、なかなか針には掛からない。空振りの連続だ。
──釣れねえなあ…。
ブツクサ呟いていたら、やっと魚の口に針が掛った。
しかし、やっぱりだった。
少しだけでも、夢をみて損をした。
釣れたのは、想像通りの魚であった。

どうやらブルーギルの巣窟に竿を入れてしまったようだ。
一匹釣り上げたら、間断なく釣れ始めた。
迷惑な連荘だ。
オレはこの魚が苦手。
模様がグロテスクで気持ちが悪いし、針に掛けた時も扱いを丁寧にしないと鉤素をクチャクチャにされるから、憂鬱になる。
その憂鬱が高まったとき、ヌシと思われるような大きなヤツを釣りあげてしまった。
──参った…。
見事に針を呑みこまれた。しかも可成り奥深くにだ。
針外しで処理をしようとしても容易には外れない。
魚には触れたくないが、触れないわけにはいかなくなった。
斯くなる上はと、蛮勇を奮い魚体を持ち上げて事の処理にあたったが、腸(わた)のようなものが金属の先端に付着してくるばかりで、針は一向に外れない。そして鰓からは鮮血が流れ出て、まるで重傷患者のようになってきた。
──困った…。
魚を相当に苛めている。
早く外して解放してやらないと、死に到るのではないか。
怯えが出てきた。
オレにとって魚釣りとは生きる為の所為でなく、ただの遊びだ。
その遊びで釣った魚を殺してしまっては、目覚めが悪くなる。
ココはなんとかせねばならないし、するべきだ。
そう思って頑張ってみたものの、流血は増すばかりでどうにもならなくなってきた。
仕方がない。
──無事であってくれ…。
拝むような気持ちで、鉤素を切断。
解放した途端、元気に泳いでいったが、あれは元気にというよりも必死に逃げていったのだろう。
その魚を見送っていたら、ふとあることを思いだした。
いつぞや何処かで誰かに、「魚は体内に残った異物は鰓から吐き出す」と訊いた事があったが、あれは本当か。
本当だとすれば、是非そうであって欲しい、と願う。

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本日入釣場所の、上流図。

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同、下流図。

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同、対岸から見た図。
写真ほぼ中央(赤丸部分)に舳先を結んだ。
向かって左が上流、右が下流。

午前十一時半。
前回は、この時間に釣れた。
鬱陶しかったブルーギルも姿を消したので、そろそろ主役に登場願いたいが、その静かなること林の如く。気配すら無い。
相沢さんの危惧が思い出されてきた。
──矢張り、無謀であったか…。
そうは思いたくないが、どうにもならない気もしてきた。
いっそ川を下り、無人であった杉林への転進をはかるか…?。
移動の二文字が脳裏をかすめたが、ヤメておこう。
移動すれば魚に出合えるかもしれないが、ココに舟を結んだ意味を自ら否定することになる。
そんなことよりだ。
見上げた空には、空と雲が奇麗なハーモニーを奏でている。
こんな空を眺めていると、自分が如何に小人であるかを思い知らされる。

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見上げた空の、青と白のハーモニー。

正午。
本日ただ今の釣果、零。
残留を決めたからには、竿を替えないわかけにはいかない。
そこで朝の水深のことを思い出して、本日持参の最長竿十七尺を出した。あの時、導き出された数値は5.6m。これに竿と竿尻からはみ出しているハリスを足しても底には少しだけの間がある。このような状態は、深宙というのか…?。
よくは知らないけどやってみたら、何という事はない。浮子は立つには立ったがボディは露出したままだ。
錘が地べたに着いてしまっているのか…?。
多分、朝の計算よりも浅かったのだろう。そこで次に出したのは十五尺。これで解消できるとふんだが、残念でした。
こちらも底であった。
──底かあ…。
以前から何度も書いているように、オレは底釣りが出来ない。
しかし、最早、十三尺の出番でもなかろう。
これも天命。
──底釣りをやってみるか…。

底釣りに挑戦。
このように書くと、この道の名人たちから、
「オマエが底釣りをやるには十年早い」と怒られそう。
怒られるのは嫌だから、『底釣り擬き』と訂正させてもらう。
そして改めて、底釣り擬きに挑戦、と書き直す。
今回の釣行で底釣り擬きを実行するつもりはなかった。
しかし、成り行きでこうなってしまったので、仕掛けは宙釣りのままだ。
実は今年の二月。まだ主治医から行動の制限を受けていた頃、「釣り堀にでも行こう」と思って釣り具屋から底釣りなるものの手解きをうけたことがあった。
その時の内容をからして、浮子と餌が不適当だと思う。
浮子はトップが細くて脆弱だし、餌は麩系のままだ。
わかってはいたが、それでもいいや。と始めてみたら、
これが案外、面白い。
浮子の位置をちょこっと動かすと、動かした分だけトップのなじみ幅が変わる。
──成る程、こう言うことか。
未知の世界を、垣間みた。

十四時。
意外なことに、小さなときめきを覚えた。
擬きとはいえ底釣りの世界が、楽しく思えたのだ。
こうなったら欲も出てきて、浮子の動くのも見てみたい。
何とかならないものか。
そう思った途端にハタと思い出したことがあった。
餌鞄の奥底に、魚粉系の餌が眠っていた。
これで団子を作ろう。
魚粉に麩を適当に混入してかき混ぜたら、昔の釣り堀風の餌ができた。
……、
昔の釣り堀風の餌で、本日最後の攻撃。
ポンポンと打込んでみたが、麩の餌とはなじみの幅が違う。
針が地べたに着いているのだから、餌の重量はトップに反映されないかと思っていたのだが、その考えは間違えっていたようだ。これは、浮子と餌の沈下地点が垂直でないからだろう。
そんなことを考えていたら、あっと言う間に時間が過ぎて、
終了十五分前となった。
残る期待は、マグレの一発だけだ。
そのマグレに祈りを込めて投じたら、浮子の動きが怪しい。立上がったままで、なかなか沈下運動が始まらない。トップとボディの接合部で止まったままなのだ。
──沈下中に食ったのか…?。
ビシッと合わせたいが、躊躇がある。
ここで釣り上げても世間さまは、底釣りで釣った、とは評価してくれないだろう。
うじうじと考えていたが、そんなことはどうでもいい。
オレは魚を釣りたいっ!。
その一心で勝負に出ると、腕に魚の感触が走った。
やったかっ!。と喜んだが、
プルプルプルッ!。
喜びは一瞬で、失望へと変わった。
「……」
憮然たる思いでブルーギルの口から針を外そうとしたが、モタモタしていたのだろう。魚にひと暴れされて鉤素をクチャニクチャにされてしまった。
──なにをやっているのだか…。
残り十分では、針を結び直す必要もなかろう。

十四時五十分。
竿を仕舞いながら思った。
今日は、オデコであった。
前々回の釣行記で、「オレのオデコ歴」を書いたが、それに新たな一頁が加わってしまった。
ふーっと溜め息が出たが、覚悟の上だったからいいではないか。
己を慰め、一件落着。
桟橋へ向かうと向かう。

お仕舞い。

釣行記写真
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桟橋からみた、初夏の本湖。
前回の釣行で撮った。

○本日の釣況。
・09:00〜12:00、9尺天々/0枚、両団子、
 12:30〜14:50、15尺底擬/0枚、両団子。
・合計 零枚。

○この日の釣果データ。

釣行記写真
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戸面原ダムボートセンター、ホームページより。

記事掲載のPDFデータはこちら>>>

○2012年データ。
・釣行回数/5回
・累計釣果/48枚、平均/9.6枚。


2012年08月19日(日) 。
吉右衛門。



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