シルバニアファミリーと母の優しさ
おひさしぶりです。ロビンでございます。
さて、今回は僕(一応男なのでこれからは一人称を僕とさせて頂きます)のイギリス生活の話しを少し。
しかしながら、あまりダラダラと出発の時から話しても退屈なので、今回は留学時代に書いていたブログの中から抜粋して、親愛なる読者の皆様へ公開しようと思います。
それは、ちょっと孤独で切ない気持ちの昼下がりでした…
2010年03月08日
どーも、ロビンです。
学校の課題が怒涛のように押し寄せ、四苦八苦の今日この頃です。
この前、学校の課題用にどうしてもシルバニアファミリーのおもちゃを使いたくてタウンセンターのおもちゃ屋さんへ行きました。
このお店は去年までは1ポンド均一のお店だったのに、今ではおもちゃ屋さんに変わってしまった。前のお店、好きだったのにな。
シルバニアファミリーコーナーへ行くとあったあった、僕が欲しいのはバスルームセットなのだ。見事ドンピシャでそれがあった。値段は14ポンドくらい。うーむ、悪くないだろう。
早速それをレジまで持って行き会計を済ませる。店員は若い男と女で客の前で平気で大声でくっちゃべっていたが、僕はスマートに買い物を済ませる。イギリスの接客は本当に日本のそれとは違い携帯電話で喋りながらレジを打つ人もいる。
「どうも」と軽く本当に軽く頭を下げて僕は店を後にした。町へ来ると決まって僕はとあるカフェに入り浸る、僕はすっかり常連でポイントカードも作ってあるのだ。「カプチーノでしょ?」といつもの女の店員が僕に微笑む、彼女はどうやらイギリス人じゃないようだ、ネームプレートにどこかの国旗が書かれてる、あれはどこの国だろう?
二階へ上がるがやはり誰も知ってる人はいない。時々、みんな一体どこで何をして過ごしてるんだろうと不思議に思う。学校にいる友達は本当は全部幻影で僕が見てる夢なのかな?こうして周りで楽しそうに話をしながらコーヒーをたしなむ人々も本当は幻で僕が大きく目をつぶってパッと開けば一瞬にして消えてしまうようなそんな不思議な感覚に襲われた。
今までのことが全部、夢だったら僕はどうなってしまうだろう?嬉しいかな?それとも悲しいかな?本当は僕が蝶の夢を見てるのか、それとも蝶が僕の夢を見てるのか?不思議な気持ちだ。
カフェに一人でいる人間は孤独で何かしらの安らぎを求めている人だ。もしかしたら誰かと会うかも、出会いがあるかもという期待を胸に一人でやってくる。でもそれらはたいてい期待通りにいかない、期待はいつでもあなたを裏切るのだ。
カプチーノを一口飲み、白い口ひげをベロで舐めとると僕は蜂蜜色の陽光が差し込む夕暮れ時のカフェ内をぐるっと見渡した。いろんな人がいた、誰もが楽しそうに話をして、笑い合ったり、ふざけ合ったり、キスをしたり、それらがまるでスローモーションのように見えた。僕の世界は通常の速さより半分近く遅く見えて、まるで処理速度が追いつかないテレビゲームみたいにゆっくりと人々が動いて見える。
一人でいると時間が経つのが本当に遅く感じられる。僕はちゃんと生きてるのだろうか?ちゃんと規則的なリズムで僕の心臓は鼓動を刻んでいるのだろうか?体内ではちゃんと細胞のそれぞれがその役目を果たそうと一秒たりとも休まず働き、僕の体温をなんとか36.5度を保とうとしてくれてるのだろうか?僕は不安になった。
「脳髄はやはり物を考えるところに非ず」だ。人間の脳は全部を司ってるところじゃないと思う。体全体がそれぞれの事象に対応した部位で反応してるだけだろうな、同じ1時間のこのコーヒータイムも、ほら、僕とこの周りの人たちでは感じる長さが違いすぎる。
ふと我に帰って何を考えてるのだということに気がつく。いけないいけない、孤独になると自分と向き合わざるを得なくなる、考える時間が圧倒的に増えると究極的なことを考え始める。自分と他人との関わりや世界のこと、そしてそれらは必ずいつも絶望的な結論が出されるのだ。「孤独は知識の母乳だ」と昔ドイツの哲学者が言っていた、あながち間違ってない。
気分を紛らわそうと僕は早速さっき買ったシルバニアファミリーのバスルームセットを開けてみた。僕はこの小さくて可愛い白いバスタブのミニチュアを使って作品を作りたかったのだ。思っていたより小さいがまあこれでいい。にしてもどれもこれも小さい。石鹸のミニチュアなんてビオフェルミンSみたいだ。こういうのはたいてい苦いコーティングがされてる、子どもが口に入れたときに苦さでぺっと吐き出すように細工されてるのだ。
僕はそれら小さなバスカーテンや鏡台セットなどを眺めながら僕は懐かしい気持ちを覚えた。それは僕が3歳くらいのころだ。まだ隣に住んでいたおじいちゃんもおばあちゃんも生きていたあの頃、僕はよくこのシルバニアファミリーで遊んでいたんだ。本当はもっと男の子らしいおもちゃで遊びたかったが、母親が大きい山小屋のセットを買ってくれたのだった。
僕にはお兄ちゃんがいる、たぶん母親は娘が欲しかったのだと思う。お兄ちゃんには男の子っぽいおもちゃを提供していたが母親は僕に女の子っぽいおもちゃを提供してくれたのだ。僕はそれでも構わなかった、夕飯が終わると必ず母親は僕とそのシルバニアファミリーで一緒に遊んでくれたから。「やあ、こんにちは」「君はだれ?」母親はわざとらしい高い声で人形にアフレコをして僕の操る人形と一緒に小さな話を展開するのだった。
僕はこうやって母親が一緒に遊んでくれるならシルバニアファミリーだろうがキティちゃんのおままごとキッチンだろうが喜んで受け入れた、ただ一緒に遊んでくれる母親が嬉しくてずっとそばにいて欲しかった。でも、母親はいつもその遊びを5分ほどですぐに切り上げてしまった、夕飯のお片付けがあるからだ。僕はいつもそれがたまらなく嫌だった。もっともっと遊んで欲しかった、僕のことをかまって欲しかった。いつも僕はそれが嫌で嫌で仕方なく駄々をこねて泣いては母親を困らせた。このときの5分間など光よりも早く過ぎ去ってしまったというのに。
日本を離れてイギリスでこうして留学生活を送っていると年に2ヶ月ほどしか母親と一緒にいることができない。彼女ができたことのない僕に取って母親と一緒にいるときだけが幸せだった。その母親にすぐに会えないのがとても寂しい。僕はビートたけしさんよりももっとマザコンなのだ、でも男はたいていマザコンだ男にとって面倒を見て着せて食わせてくれる最初の異性が母親なのだ。
そんなことを考えていたら喉の奥がわなないて、少し涙が溢れそうになった。もうすぐイギリスでは母の日だ。この前The Body Shopで買ったボディバターセットを贈ろう、気に入ってもらえるだろうか?二ヶ月間、年に一度だけ日本に帰ると母親は僕を暖かく迎えてくれて当たり前のようにおいしいご飯を作ってくれる。僕はどのおかずにでも舌鼓を鳴らしてそのおいしさに涙が出そうになる。食後には僕は感謝の意を表して必ず母親の肩を揉んでやる、そうすると母親はとても喜んでくれてまだ揉んで欲しいはずなのに「はい、ありがとう」とすぐに僕を切り上げさせる。
僕はどれだけ親孝行できるのだろうか?