吉右衛門の闘病日誌、三日目の巻。
明け方、やっと点滴が終わった。
何でも昨日の検査で使用した造影剤の排出を促進する為とかで、
2ℓもの液体が時速100ccで体内に入れられた。
単純に計算してかれこれ20時間もの間、
左手が拘束されていた事になる。あゝ、辛かった。
お陰で、未だ薄暗いうちから起床するハメにも成った。
スポーツ新聞が並ぶ売店が開く迄には、あと2時間もある。
さあ、どうしよう。
オレは貧乏性だから、こんな時は困るんだ。
取り敢えず、何気なく眼下の不忍池を眺めていたら、
大きな波紋が拡がっている。
あの魚の正体は何だろう?。
鯉か大口バスか、オレも端くれではあるが、へら鮒釣り師。血が騒ぐ。
こんな身体に成っちまったが、また釣りに行く事は出来るのだろうか。
8時、
スポーツ新聞を3部も買ってきて眺めていたら
ドラゴンズの落合監督の胴上げの写真が目に入る。
解任が決まってから急上昇し、
2年連続の優勝を勝ち取ったのは、凄い。
そうそう、今季解任された落合監督とファイターズの梨田監督、
マリーンズの瀬戸山球団社長は、1953年の生まれ。
恥ずかしながら、オレも同年の生まれだから、
この世代にとって今年は受難の年だ。
11時、
DVD「激動の昭和史、軍閥」を鑑賞。
この映画を観たのは17歳の夏以来。
流石に40年もブランクがあると歴史感も変わっていて
東條英機の立場も少しだけだが理解出来た。
これは成長と言えるのか?。
13時半、
長男がひこ坊を連れて見舞い来てくれた。
ヤツはライオンズが3位に入ってプレーオフの出場権を得たので
上機嫌。おめでとう。
そんな親子の他愛ない会話を、
ひこうき雲は、笑顔を絶やさずに聞いくれている。優しいね。
それと、過日の職場集会で病状をカミングアウトして以来、
彼女からは、幾度となく励ましのメールをもらっている。
どうもありがとう。
来てもらった序でに、売上の状況も聞きたかったのだが、
身体に悪そうなので、ヤメておいた。
16時、
看護師さんから面会者の来訪を告げられる。
てっきりスミレが来たものと思い扉に目をやると、
見知らぬベッピンさんが立っている。
果て、誰だろう?。さっばりわからない。
そしたら、見知らぬベッピンさんが口を開いた。
「ご無沙汰してます。 ○○です」。
えっ⁉。やっと気づいた、
ハナちゃんだっ!。
ハナちゃんが来てくれたんだっ!。
彼女は、感激で目にいっぱい涙を溜めている。
「あゝ、ハナちゃん。よく来てくれたねえ」。
そう言うやいなや、正面から軽く抱き寄せてしまい、
つい泣きそうに成ってしまった、オレ。
実はオレ、彼女には随分と忸怩たる思いを抱えていた。
この4年の間、何度接触を試みようとしたかわからない。
然し、意気地も根性も無いオレには出来なかった。
それが彼女の方から逢いに来てくれて、今、目の前に座っている。
それにしても随分と垢抜けて、綺麗に成ったものだ。
それとこの礼儀正しさは、なんだ!。
磨いたと言うか、日々の精進の賜物である事だけは間違えない。
それが言葉の端はしに窺える。
いやあ、嬉しかった。
今度、職場に招待しなくっちゃね。
ハナちゃん、どうも、ありがとう。
そうそう、彼女、この春にご結婚されました。
それも、この場を借りて報告させていただきます。
16時半、
さっきの興奮が冷めやらぬうちに、
今度はスミレとベーべがやってきてくれた。
スミレが来たので、つい目尻を下げるだらし無いオレ。
そんなオレがベーべにはどのように映っただろうか。
二人に病気の経緯と復帰の予定を話し、
スミレからは近況報告と相談を受けて、
この時の為にインストールしておいたエクセルで見積もりやったり
インチキ木村拓也さんに電話をしたりで、
何だか職場に戻れたような気分に成れた。
矢張り、これが何も出来ないオレの唯一のスキルなんだろうな。
ふたりを見送ってから、
スミレの歌を聴くのを忘れていたのに気が付いた。
スミレちゃん、折角練習してきてくれたのに、ごめんなさい。
今度、塩梅がよくなったら聴かせてもらうから。
ベーべも、ありがとう。
娑婆に戻ったら、担々麺屋に連れて行くから。
19時10分、
美冬とマリンが笑顔でやってきてくれた。
可愛がっている二人に逢えて、一段と目尻が下がる。
彼女等にも、とても楽しい時間をもらった。
あははっ!、と笑って過ごせた時間はアッという間、だった。
やがて面会時間が終わり、
ふたりをエレベーターの下まで送り、一件落着。
未だ彼女等の温もり残る部屋に戻った時、熱いものがこみ上げてきた。
みんな、どうもありがとう。
明日の手術は、頑張る、
お仕舞い。
2011年10月20日。
吉右衛門。