吉右衛門の闘病日誌、六日目の巻。
不眠が続く。原因は不慣れな環境や手術後の処置。
そこで昨晩は思った、入院最後の夜くらいは寝てやろう、と。
前夜、23時まで睡魔を完封して就寝、朝まで寝るつもりであったが、
残念でした。またも午前2時に目が覚めてしまった。
真夜中に天井と睨めっこをしていて思考が流れた先は、女房の事。
今回の事では、彼女を随分と不安に陥れ心配をかけた。
今更だけど、なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
今からちょうど40年前、
オレはまだ若くて可愛かった、彼女を口説いた。
そして「うん」、と言わせ所帯をもった。
一緒になった当初は、こんな事は考えもしなかったが、
苦楽を共にし、お互い年を重ねてくると、
男として守らなくては成らないものが、わかってくる。
そう、口先だけではなくて、だ。
彼女は結婚してから36年の間、
家事と育児に勤しみ、いわゆる勤めを経験していない。
そんなわけだから、オレに先立たれたら、路頭に迷うだろう。
ましてや、世はエレクトロニクスの時代だけに尚更だ。
それに、何よりも40年も一緒に暮らしていただけに
寂しさにも耐えられないだろう。
その辺の処をよく考えてみると、
矢張り、オレが先に逝ってしまうのは酷だろう。
ズッと昔の事だけど、
口説いた時の、「幸せにする」って約束は守らないといけない。
だから、その辺の寂しさや悲しさは、オレが全部引受けるべきだ。
前夜に任侠映画をみていたせいで、妙に男がでてしまった。
そんな事をグルグルと考えていたら、夜が明けた。
窓の外は雨、路面が濡れている。
そんな景色を延々と眺めていたら、
女房と娘が疾風のように現れて、アッと言う間に部屋を片付け、
看護士さんに部屋の明け渡しをして、一件落着。
退院と、相成った。
オレの細く閉塞されつつあった血管を拡げてくれた先生方、
毎朝、毎夜オレの世話をしてくれた看護師さんたち。
どうも、ありがとうございました。
オレは、退院します。
お仕舞い。
ブジカエル。
2011年10月22日。
吉右衛門。