吉右衛門の営業日誌、師走の中央フリーウエイの巻、後篇。


薮から棒だが、

今年の一月に寿退職された、う太郎さんが新婚旅行から戻られた、

との目出度い報告が、スミレからあった。

これは朗報。

実は彼女からは7月下旬頃に、挙式の日取りが決まった旨の連絡が有り

以来ズッと消息が断たれていて、何かと気を揉んでいたが、

予定通りゴールインされたとようだ。

彼女はとても結婚への憧憬が強かったから今、とても幸せだと思う。

そして何よりも彼女は優しくて明るいから、

きっと素敵なご家庭を築かれるだろう。

時節柄大した事は出来ないが、

落着かれた頃にでも、田沼美冬と江ノ島のペンキ屋も出席させて、

細やかな祝いの宴でも張ろうと思う。

う太郎さま。

改めて、お目出度う御座います。


2011年12月22日、

さて、今日のテーマは納品営業。

今回注文を頂けた方は以前、この営業日誌の「初めてのお使い」で書いた、スミレが営業して獲得したご担当者。

彼女の拙い営業にお応え頂いてデザイン、散らし、パネルをお買い上げくださった。それだけに、ご期待に添うべく慎重に制作したつもりではあったが、矢張り緊張する。

中央フリーウエイを走行しての道中も、スミレは殆ど無言でどこか虚ろ。彼女も入社3年目、それだけに責任と自覚が芽生えたのだろう。

そんなスミレを気遣っていると、到着。

ご担当者に受注の御礼を言って納品と検品にも立ち会ったのだが、

何事も無く終了して、ホッ!。

そしてお褒めの言葉も頂戴し、一件落着。

ご利用いただきまして、ありがとうございました、謝謝。

丁重に御礼を申し上げ、辞去。


スミレの顔に生気が戻った。

緊張が解れるとこうも変わるものか。

職場への帰路、スミレが口を開く。

ス「昨日言ったプレゼント、欲しいですか……?」

吉「別に、いい仕事してもらったから、何もいらねえよ」

ス「無理しちゃって・・・欲しいんでしょ!」

オレも60年近く生きてきたが、これほど躁鬱の差がある奴も珍しい。

ス「実は、先週の金曜日、友人と三軒茶屋のカラオケに行って、練習をしてきたんですよ」

吉「・・・・・・」

ス「涙そうそう、知ってます?。演歌じゃないですよ」

吉「森山良子だろ」

ス「私のは夏川りみだけど、聴いてください」

頼みもしないのに、強引に歌いだした。



高音のサビを丁寧に歌う彼女の歌声に、

ゴクリと生唾を飲んで、聞き惚れてしまった。


吉「オマエ、上手いな」

ス「それほどでも・・・、あはは」

吉「もう一回、歌ってくれよ」

ス「では、今度は沖縄バ−ジョンで」


何を歌っているのか、歌詞はよく分からないが、

この歌を聴いていると、今年一年が頭の中を駆け巡る。


1月、長年オレを支えた、う太郎が嫁に行くので職場を去った。

2月、ピーナッツが過労で倒れ、大雪の日、茅ヶ崎へと見舞いに向かった。

3月、震災の夜、娘たち3人を送っていったのと、激写の登場。

4月、職場から仕事を消えて不安な最中、ひこうき雲を迎えに行った。

7月、秩父へ登ったのと、鶴女が抜けた。

8月、媒体営業を試みたのと、ピーナッツと再開。

9月、ベーベとの出会いと、人身事故。

10月、入院。

11月、営業の成果が出てきた。


こうして目を瞑って回想してみても、可成り刺激的な一年であった。


吉「どうも、ありがとう。お陰で、いろいろ思い出せちゃったよ」

ス「楽しかったですか……?」

吉「うん。それにしても、よく方言を知ってたな」

ス「いやいや、吉ちゃんバカだから気付かないと思って、分からない処は嘘を歌ったんです」

吉「きっちゃんって、オレの事か……?」

ス「あははっ、誰でしょう」だって。


スミレとの2011年、最後の営業が終わった。


お仕舞い。


2011年12月25日。


吉右衛門。



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