「孫娘と冒険の旅」の巻。
年賀状も年が明け十日を過ぎると、新たにポストへは入ってはこない。
そこで私は毎年の慣習として新規で頂いた方、出し損なった方への御礼は成人の日を目処に投函する事としている。
今年もそれを書きあげた時であった。
里帰りしてきていた、一歳と五ヶ月の孫娘が部屋に入ってきた。
彼女は私を、「じじ」と呼ぶ。娘がそう呼ばせているからだ。
私は彼女の扱いがわからないから、いつも娘と家内がかまうのを遠巻きに眺めている。しかし、彼女は違う。
肉親が分かるのだろう。
妙に絡んでくる。
話しかけてくれたり、不意に抱きついてくる事もある。
この時もそうであった。
部屋の中を物色して、珍しい物を持ってきては話しかけてくる。
「じいちゃんはこれから郵便を出しに行くからダメだよ」
そう言って聞かせた時だった。
脳裡に冒険心が湧いてきて、彼女を連れ出してみたくなった。
家から郵便ポストへは距離にして、二百五十mくらいであろうか。
シミュレーションして難関を拾い出すと、
一、玄関からエレベーター迄の通路、四十メートル。
二、建物から、外へ出るとき。
三、建物に沿って、家の下を通過するとき。
この三カ所で帰りたいと泣き出さなければ、なんとかなるだろう。
「孫娘とポストへ行ってくる…」。
そう言うと、あはははっ!
突然の告白に、笑い転げる家内と娘。
何で孫と出掛けるのに大笑いされるのだ。
こいつらは、悪魔かと思った。
普段は大人しく眠っている、「男」が黙っていられなくなった。
オレだって昔、幼児の手を引いた事がある。
それに最近は近所の子供もオレのヤクザ顔をみても泣かなくなった。
ブツクサ言いながら彼女に靴を履かせていたら、家内が遭難用にとお菓子を持たせてくれた。
冒険の旅へ出た。
いきなり大声で哭かれるのかと思ったが、杞憂であった。
最初の難関を無事に突破すると、建物も難なく脱出できた。
ここで手を繋いだのだが、その手は驚くほど小さかった。
モミジのような汚れのない手だった。
健気にもその小さな手で握り返してきた時であった。
キューンと胸がときめいて、ピュアなハートがポッとなった。
遠い昔、城ヶ島で初恋の人の手を握った時と同じ感触であった。
そんな青春の甘酸っぱい思い出に浸っていたら、最大の難関が待ち構えていた。
ベランダからギャラリーが満面の笑顔で手を振り囃し立てている。
ここで何かが起きるかと思ったが、ホッ。天は我に味方した。
それに安堵してギャラリーの笑顔に応える、彼女とオレ。
そこから、コーナーを曲がると二人旅の始まりだ。
緊張が体中を襲う。
身長差があるから屈まないと手をつなげない。
直ぐに腰が悲鳴を上げる。
そんな時だ。彼女が俄に本性を露にし活動的になる。
オレの手をふりほどき、奇声を発し走り出す。
縁石に上がり不動産屋の幟を引き抜こうとする。
ヤメろっ!。
怒ったつもりも、何の効き目もなかった。
寧ろ、オレが怒るのを喜んでいるようにさえみえる。
困った…。
オレの手には負えないと思った。
救援隊を呼ぼうかとも思った。
しかし、ここ迄来て引返すのは癪だ。
悪戦苦闘であったが、なだめすかすとどうにかポストに辿り着いた。
参った、参った。
汗をかいてしまったが、一件落着と相成った。
それは、過去に経験した事のない長い長い二百五十mであった。
2014年01月26日
吉右衛門。
このブログはパソコン用に編集を致しました。
端末によっては改行の表記が不自然かと思いますが、
寛大に対処くださいますようお願いします。