「偉大な先輩が逝ってしまわれた」の巻。
一昨日の夕方であった。
営業から戻り事務処理をしたわたしに、訃報がもたらされた。
訃報を報せてくれたのは取引先であるT社のSくん。
Sくんが勤務されている会社の大先輩であるAさんが、急逝されたとのことだった。
呆然とする、わたし。
Aさんは、わたしが尊敬してやまない営業の先輩であった。
わたしがAさんと関わりを持てたのは、昭和と平成の狭間の頃。
今思えば冷や汗ものであるが、その頃のわたしは怖いもの無しの絶頂期であった。
それゆえ、世間のみなさまには随分とご無礼を働いたかと思う。
そんなのぼせ上がっていたわたしにAさんは、時に言葉で時に態度で、いろいろなことを教えてくれた。
そのAさんが逝ってしまわれた。
わたしは可成り厳しい現実を受け止めねばならなかった。
翌日、わたしはAさんの葬儀に参列した。
式が始まる前の会場にはAさんが生前に唄われていた演歌が流れていた。そしてたくさんの写真が所々に飾られていた。
辛い現実がどんどんと、わたしに迫ってきた。
式が始まり導師入場。
お経が唱えられるとAさんとの思いでが脳裏を駆け巡った。
そして焼香を済ませ、出棺前の別れ花も入れさせてもらった。
式が終わっても葬儀場の隅っこで、立ち尽くしていた。
ここを立ち去る勇気がなかった。
いつまでもここに残っていたい気がしたが、そうもいかない。
踏ん切りをつけて葬儀場を後にした、わたしの足取りは重かった。
あれから二日が経った。
少しは落ち着きを取り戻せてきたような気がする。
それにいつもでも落胆していてはいけない。
週末はわたしも群馬に行こうかと思う。
そして元気に歌姫と、いつでも夢を、を歌おうと思う。
2016年02月28日。
吉右衛門。
どなたのご葬儀も会場に行くまで、
毎回、信じられない気持ちで向かいます。
ですが生前のお写真などを見ると、やっと現実を実感させられます。
増してや、お歌なんて尚の事ですよね。
ご冥福をお祈りいたします。
飛行機雲さま
どうもありがとう。
吉右衛門