ちょっとした恐怖に陥った時の体験を記事にしました。
この記事は私のホームページに掲載したものを抜粋したものです。
http://www.kichiemon.info/fish……01-13.html
ちょっとした恐怖に陥った時の体験です。
お時間がありましたら、読んでやってください。
釣りも釣ったり、五十枚。
午後の二時間半で三十枚近くが釣れた。
こんな豊漁はいつ以来のことか。
頰を抓りながら水面を眺めていると、あちらこちらで浜へ引き揚げる舟が見える。エゴに入った釣り人はとっくに帰ったし、ユースホステル組もロープを解き始めた。こうなると十六時までやろうとしていた私も撤収しないわけにはいかない。そう決めて釣り竿を拭いていると、一通のメールが舞い込んだ。そしてこのメールの処理に手間取ったことが思わぬ、恐怖をよんだ。
それはメールの処理が終わると同時だった。
それを待っていたかのように、青く晴れ渡った空が雲に覆われ、夏の太陽が姿を消す。
あたり一面が、薄気味悪い墨色に染まった。
と、思った瞬間、凄まじい突風が吹きだし、愛用している紺色の帽子がフっ飛ばされた。見れば五番ブイの奥の溶岩の際を彷徨っている。急ぎロープを解き救出に向かおうとするも、この風だ。容易く艪を操ることができない。
これは天変地異にでも出会したのではないか。
もう帽子どころではない。
一刻も早く浜へ戻らねばならない。
なのに帽子を救い出そうとする私。結局帽子は救い出したが、強風が高波をよび、どうにもならなくなってきた。
これは、どうすればよいのだ。
思いがけない、窮地に陥った。
とりあえず、辺地に沿って迂回して戻ろう。
そう思ったが、それは浅知恵だった。
辺地は高波に洗われ、飛沫さえもが上がっている。そこに舟を入れれば、あっけなく転覆しかねない。
盆と正月気分はとっくに消え去り、呆然とする私。
冷静になって考える。
ここに留まって、天気の回復を待つか。
いやいや、待つと云っても回復する保証などどこにもない。それに、ヘタをすると高波に浚われそうだ。
さらに、この異様な空模様。
いつ豪雨に晒されたって不思議でないし、雷だって落ちてきかねない。
何年か前に戸面原の前島で大風を経験したこともあるが、あの時とは池の器が違う分だけ、スケールが違う。
迂回策も待機策もダメとなれば、残された手は、沖へ突っ込むしかない。
この荒波に突っ込むのか…。
想像しただけで眩暈がしそうだ。が、家族のこと。会社のこと。自分の置かれた環境を考えると、奮い立つしかない。
それでも頼みの綱が救命胴衣だけというのは、あまりに心細い。
なにかよい手はないか。
そうだッ!。
舟が波と並行にならないように、舳先を風上に向ければよいのではないか。
が、しかし、問題は私の腕力が、この強風を、この高波を、凌駕できるかだ。
長考一番、決めた。
八方が塞がった以上、もやは、火事場のくそ力に頼るしかない。
ずいぶん枯れたとはいえ、私も男。勝負に出よう。
いったれ!。
逆風に突っ込んだ!。
猛烈に舟を漕いだ。人生で一番力を入れて漕いだ。
死に物狂いとはこういうことかもしれない。
三歩進んで二歩押し戻されるような状況だが、二進も三進も行かないわけではない。
とにかく頑張ることだ。
怯む心を叱咤しながら懸命に艪を動かすと、なんとか途半ばまでこれた。
するとどうだ。漕げば漕ぐほどに、風が弱まってきた。
危機一髪。どうにか脱出できたようだ。
浜が近づくた時の喜びというか、安堵感といったらなかった。
本日は豊漁の喜びと、山の気象の変化の恐怖。
この両方を味わえて、一件落着。
釣行年表に赤のゴチック文字で記したくなるような一日だった。