吉右衛門へら鮒釣り2011

  ◎第参回釣行
05月12日(月)

戸面原ダム。
前島。
戸面原ボートセンター。
曇天、強風大荒れ。
気温/21度、水温/不明、水色/小濁り、減水/2.88m。 

「前島。徹底抗戦」の巻。

ボートセンターの軒下を借りて、魚籠を干している時だった。
「吉右衛門さん。ほらッ!。また、絞ってる」
本湖を眺めていた奥さんが、そう話しかけてきた。
しかし、私の腐った目ではとても見えやしない。
それを言うと、手にしていた双眼鏡を貸してくれた。
どれッ、どれッ。
とばかりに、覗いた双眼鏡の中の光景は、衝撃的だった。
本当だッ!。
オレの大好きな前島で、絞ってる…。
この光景が、私のピュアなハートに火を点けた。
こうしてはいられない。来週も来よう…。
馬ノ背で幸運に恵まれ、目標を失ったばかりだった。
馬ノ背の次は、前島。
大望を抱くには充分であった。

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朝日を浴びる前島。

この一週間、私の頭の中は前島に支配されていた。
あの、「渾身の一枚」の再現を夢見ていたからだ。
その前島に舟を結び準備を始めた。
出舟時にボートセンターの管理人である相沢さんが貴重な話をしてくれた。
前島にはこの島が好きでよく竿を出される方がいるという。
地元の会に所属されていて腕前は上級。それも可成りの上級技術者らしい。その方が昨日も竿を出された。その貴重なデータだ。
それによると、竿は16尺。三本半での底釣り。
釣果は一枚。型は四十糎(センチメートル)。
三本半なら14尺でも足りるのに、何故、16尺なのか…。
さらに上級者が入って、一枚…。
昨日が日曜日とはいえ、苦戦を予想させるには充分であった。
竿は14尺を選んだ。
本来は上級者に倣い16尺を振るのが定石と思ったが、私の技術では穂先と浮子が離れてしまうと思うような操作が出来ない。それに14尺は既に仕掛けがあるから浮子のバランス調整に費やす時間も端折れる。そうして取り出した仕掛けであったが、道糸の一部がチリっと縮れていた。後から思えば、このことが痛恨の一事になるのだが、急いていてこの時は大して気にも留めなかった。

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本日の入釣場所の、周辺図。

 
地図。

◯本日のデータと予定。
・目標/五枚。
・竿 /朱門峰嵐馬、14尺。
・浮子/忠相パイプトップ、13番。
・道糸/1号。
・鉤素/0.5号、300粍+360粍。
・棚 /底。
・餌 /ペレ道+つなぎグルテン+粒戦細粒+PBH。
・納竿/十五時。
※餌のPBHは、パウダーベイトヘラの略称。

八時。
天気晴朗、風は凪。
大好きな前島での釣りが始まった。
今年の釣りは愉快で痛快だ。
二回続けてよい思いをさせてもらっている。その前回からまだ一週間しか経っていないから、余勢がある。苦戦の予想も勢いが駆逐してくれそうな気がする。餌を打つにも、浮子を凝らすにも、過去に体験したことのない勢いがあった。それだけに今日も何かよいことが起きそうな予感さえもしている。
そして軽快なリズムで餌を打っていると、早くも、ツンっ!。
浮子が鋭く沈んだ。
ヨシっ!、もらったーッ!。
それは空振りだったが、今日もいけそうだ…。
予感が的中するような気がして、心は踊った。
そして十五分が過ぎて、再び、ツンっ!。
今度こそと思ったが、またも空振りであった。
底釣りで、鋭いツンっを二度も取り逃がす。
意外だった。
今年釣った魚の数は十四枚。空振りの数はこれよりも少ない。
的中率(魚が針に掛かった割合)は五割を優に超えている。それだけに底釣りでは、あまり空振りはないと思っていたからだ。
気を取り直して続けていると、俄に風が出てきた。
初釣りの時と同じくらいですめばよいが…。
吹き始めた頃は、この程度に考えていた。
しかし、これはほんの序の口だった。そして、このあと今日の風の凄まじさを思い知らされることになる。

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本日入釣場所の、正面図。

十時半。
風が勢いを増してきた。
その勢いは既に初釣りの時などの比ではなかった。
出かける前、南房総地方に風が吹くことは予報で知っていた。
昨年までなら中止と判断をしていた風速だった。しかし、初釣りの時と同じ程度なら我慢できると考えた。それを燃えるような釣行意欲が後を押して、今回の釣行につながった。
周囲には、風ニモ負ケズ、竿を振っている方が幾人もいる。
そこでその状況も書き留めておく。まずは落合から川又にかけて三名。石田島は表島に二名と立木に一名。その対岸の岩盤にも一名いて、本湖立木に二名いる。そして、そのど真ん中の吹きっ曝しに陣取るのが、この私だ。
この風はやむのか…。
予報はこれから、更に強くなることを告げている。
段々と、心に動揺が出てきた。
それでも、一時的に弱くなることもあるのではないか…。
何の根拠も無い希望的観測を、不当に膨らませていた。
それに魚はいる。
こちらは朝に経験した二度の空振りが心の拠り所となっていた。
一時間、いや三十分でもよい。
風がやみさえすれば、魚は釣れる。
その確信がある以上、やめる気など毛頭なかった。

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正面の立木を目標に餌を入れた。

正午。
ゴー!。風は唸り始めた。
もはや浮子は垂直には浮かんでいない。呑まれた波のなかで喘いでいる。
ミシミシと音がする。ロープの軋む音だ。不安になって目をやると、ロープは限界までビーンと張りつめていた。
先ほど小用を足すのに立ち上がった時。背後からの突風に煽られて、危うく落ちそうになった。
私は泳げないが、救命胴衣を身につけている。落ちたところで背後の島までは小舟一艘分の距離だ。手足をバタつかせていれは、なんとか辿り着けるだろう。しかし、転覆は困る。相沢さんに多大な迷惑をかける。それに釣り道具と撮影機材か湖底に沈むと、下降線を辿り始めた私の人生。再度買い揃えようにも、それを買うだけの財力はない。
これはもう、ただ事ではない気がしてきた。
落合の岩盤上にある森の樹々の揺れなど尋常ではない。今にも薙ぎ倒されそうだ。それに先ほど紹介した周囲の釣り人も、その半数以上がいなく成った。
この光景を家族がみたら、どう思うだろうか。
馬鹿じゃないの…。
お父さん。危ないからやめなよ…。
呆れる女房の貌と心配してくれる娘の顔が交互に浮かんだ。
そんな時だった。
何やら不穏な音とともに、舟が大きく揺れた。
オっトっト!。
次の瞬間、舟は流されだした。そして、直角に動いて止まった。
眼前に広がった景色は、落合だった。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
ロープが切れ、万事窮したのかと思った。

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浮子。

冷静さを取り戻すと、ロープは切れたのではなく左側の結び目が解けただけなのがわかった。
結び直せば再開は可能だが、この先どうするか…。
九死に一生を得たとはいえ、これは釣りを楽しむ環境ではない。
続けても、苦行が待っている。
しかし、考えることなどなかった。
どうしても釣りたい気持ちが、杞憂を押さえつけた。
前回の馬ノ背もそうだったが、今年は何かが自分を突き動かしている。
強風に逆らいながらも、舟を元の位置に戻した。
残る時間は、二時間半。
ここ迄きたからには、最後まで徹底抗戦するしかない。
強い覚悟が生まれた。
そう決めて再開にこぎ着けると、闘志が沸き上がってきた。

十四時。
本日ただ今の釣果、零。
魚信は、三回。
魚信の回数が一回増えた。三十分ほど前に魚信があったのだ。
またも空振りに終わったが、魚がいることの証明となった。
残り時間が六十分を切った。
もやは風がやむことないだろう。
それではこの荒れ狂う風のなか、どうやって魚を釣るか。
少しだけみえたことがある。
先ほどの魚信がヒントになった。
大風が吹く。そして次の大風がくる。その間、ほんの僅かだが風が弱まる瞬間がある。その間隙を縫って餌を入れるのだ。
百米先の針の穴に糸を通すような難事だが、もうそれしか道はないだろう。
風のタイミングを計りながら、餌を入れる。
難しい作業だ。着水点を失敗すれば直ぐにやり直す。
そして、段々とこの作業にも慣れてきた頃だった。
胸の鼓動が、小さく鳴った。
浮子が、ピクっと動いたのだ。
しめたッ!。
腕を伸ばし、竿を前に出した。
しかし、掛かる筈の針に、魚は掛からなかった。
本日、四度目の空振りであった。
くそーッ!。
めげずに、次の餌を付けようとした時だ。
針の位置が高い。いつもの位置に戻ってこない。
どうしたんだ…?。
そう思って竿先を見ると、浮子と穂先が道糸に雁字搦めにされていた。
この肝心なときに…。
スルスルと竿を後ろに引いて直そうとしたが、道糸はぐちゃぐちゃに絡まっていた。修復などとても出来ないことは、ひとめ見て分かった。
これから仕掛けを作ろうにも時間はない。それに応急的に作れたとしてもこの風のなかだ。底を測れるわけがない。
この期に及んで何たることだ。
ここまで頑張ってきたのに、やめるしかないのか…。
何度も、天を仰いだ。
朝、パーマを見つけた時に取り替えておけばよかった…。
笹川湖の後、穂先を巨べら仕様にしたのがまずかった…。
いくつもの悔いが脳裏を駆け巡った。
残念だ。無念だ。
しかし、泣こうが喚こうが、やめるしか選択肢はなかった。

十七時。
館山道、君津パーキングエリア。
憤懣やるかたない。
山から降りてくる時からずっとそうだった。
この気持ちを鎮めるには、リターンマッチしかないだろう。
そう、明日もリングに上るのだ。
次のインターチェンジで降り、そこらの宿に泊まり再戦しよう。
明日は一番でクルマを乗りつけ、一番で桟橋を出航する。
必ず、この雪辱を晴らすのだ。
明日の予報も大風だ。それに雨も降る。
しかし、この期に及んで天気などはどうでもよい。
花も嵐も踏み越える。そんな覚悟だ。
気持ちは昂るばかりだったが、白けることに所持金が無いことに気がついた。今日の有り金は舟代に消えたから、おそらくポケットの中には野口英世が一、二枚しかない。
困った。どうするか…。
気勢が削がれるから、家には帰りたくない。
ガソリンはある。通行料もETCカードがある。それにスイカもあるから贅沢さえいわなければ晩飯と朝飯にはありつける。問題は舟代だが、それは朝一番で女房に振り込ませればよいし、万が一、駄目と言われれば持ってこさせればよい。宿にまで手は廻らないが、それは何処かの道の駅で車中泊でもすればすむ。
そうしよう。そうしよう…。
そうと決めたらからには、思い立ったが吉日。こうしてはいられない。ここで壊れた仕掛けを作り直そう。
勇んでベンチの片隅で竿を出そうとした時、またも気づいた事があった。
帰りがけのことだ。
奥さんが明日は地元の例会があって、あの上級者がみえられるといっていた。
これは、まずい。かち合ってしまう…。
前述もしたが、その方は前島が好きで随分と前から通っておられる大ベテランだ。それに比べて、オレは新参者。年期が違う。
それだけに意気込んで舟を漕いで行っても、まさか、
「昨日釣れなかったから、そこはオレにやらせろッ!」
とは言えないだろう。
それは人の道に外れるし、へら師の仁義に反する。
何か、いい手はないか…。
いくら考えても、あるわけなどなかった。
今度こそ、八方が塞がってしまった。
またも、天を仰ぐがどうしようもない。
切なくて、ベンチを動けなかった。
幾分かが経過した。間もなく、黄昏れる。
もう帰ろう…。
やっと観念して、一件落着となった。
長かったようで、あっと言う間の一日だった。

お仕舞い。

○本日の釣況。
・08:30~14:20/釣果、零。

○2014年データ。
・釣行回数/三回
・累計釣果/14枚


2014年05月16日(金) 。
吉右衛門。



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