戸面原ダム。
川又。
戸面原ボートセンター。
快晴、微風、時々弱風。
気温/23度、水温/15度、水色/小濁り、水位/減水0.38m。
「本湖の片隅で、チョコンと竿をだした」の巻。
四月の半ばのこと。
私は本郷にある大学病院の検査台に太った身体を横たえていた。
人間ドックのオプションメニューにある、脳血管ドックを受診するためだ。この検査は二十分あまり筒状のトンネルに入り、頭の中を輪切りにした断面画像を描出するために行われる。
検査が始まった。
「二十分くらいです。我慢してください」
検査技師の言葉に誘導されてトンネルに入ると、耳栓越しに機器の大きな音が聴こえてくる。
それに堪えて瞑目すると網膜に前宇藤木の光景が浮かんできた。
それは、武重さんと並んだ絵の残像だった。
あの日は面白かった。
そこで教えてもらった数々の技を、ああでもないこうでもないとお浚いしてみた。餌の配合や付け方、錘の位置…。
様々のことに思考が巡ると、浮子が頻繁に動いて釣れるような気になってきた。
今度は二一尺を振りたい…。
厳冬期の人気ポイントも、そろそろ人気が廃れてくる頃だ。
次は、光生園下に入ろう…。
次回の入釣ポイントに思いを馳せていると、
「ハイ!。お疲れさま。終わりました」
無情にも、終了の声がかかった。
もう少し瞑想していたかっただけに、残念であった。
この続きは現場で実現させるとしよう。
前回の釣りから一ヶ月、人間ドックから二週間が経った。
これだけ間が空いてしまうと、膨らんだ釣行意欲は、はち切れんばかりだ。
明日は一番に現場入りして、光生園下を確保する。
その光生園下を念頭に、準備を始めた。
竿袋には二一尺を柱に補欠として十九尺と十七尺も詰めた。
これで万全のはずだが、気になることがある。
戸面原ボートセンターのホームページを眺めると、釣果表に並んだ竿がやけに短い。釣れているポイントが特殊なこともあるが、念のためボートセンターに問い合わせてみると、池主である相沢さんの奥さんが出た。
光生園下で二一尺を振りたい旨を話すと、怪訝そうな答えが返ってきた。矢張り二一尺は長過ぎるらしい。更に幾つかの助言をもらって受話器を置いた。
どうやら、二一尺は難しそうだ…。
残念だがこればかりは仕方がない。不本意ながらも十五尺と十三尺を追加して明日に備えていると、電話が鳴った。
電話の主は奥さんからだった。
今日の釣果が出揃ったとのことで、電話をくれたのだった。
それによると竿は長くても十二尺。棚は一本半から二本。
浅い棚でしか、釣れていないという。
「……」、言葉を失う私。
これは想像もしてないことだった。
慇懃に御礼を申し上げて電話を終えると、めまいがしてきた。
私はそんな浅い棚の釣りなど出来やしない。
数年前に減水の前島でやったとこはあるが、結果は推して知るべしだった。
六時半。
戸面原ダム、ボートセンター桟橋。
桟橋に出た。
天気晴朗なれど、これから南西の風が吹くらしい。
それを念頭に池主の相沢さんが、川又を推奨してくれた。
遠くを指差して、微に入り細に入り説明してくれる。
私は光生園下で二一尺の夢が破れた今、何の異存もない。
相沢さんに見送ってもらい未踏の地、川又へ向かい出航。
本湖を横断するように十分も漕ぐと目的地に到着。
教えてもらった場所は初心者用の立木が無く諦めたが傍には格好の立木があった。そして舳先を結ぶための枝も幾本か垂れ下がっている。
この枝を束ねて舳先を結ぼう…。
この術は豊英湖の公会堂下で、見知らぬ先輩が残してあったのを覚えていたからだ。
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快晴で穏やかな、朝の本湖。
画像中心の色の変わった樹の下が目的地。
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川又。
舟の固定を終え、竿を継ぎ始めると、浅い棚でなく、チョーチン釣り(以下の表記、チョーチン)がしたくなった。
浅い棚の釣りは、シロウトには難しい。
何よりも、餌を浮子の着水位置に落とすのが至難だ。
風が吹けば右に左に散けるし、向かい風では手前に落ちる。
それを勘案すると釣果は落ちても、チョーチンの方に魅力を感じるが、今回に限ってはやめておこう。
昨日の奥さんの電話もあるが、今朝事務所で眺めてきた釣果表もそれを裏付けていた。
昨日は日曜日。多くの釣り客で賑わったに相違ない。
十数行ある記載欄は底釣り以外、すべて一本半から二本で埋まっていた。あの釣果表を見たからには、嫌が応でも、浅い棚にせざるを得ないだろう。
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本日の入釣場所を、対岸から見た図。
納竿後に撮った。
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マークした地点は大まかです。
実際とは違っている可能性もあります。
Yahoo!地図より。
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☻本日の予定。
・目標/五枚。
・釣り方/一本半、グルテンセット釣り。
・竿 /朱門峰凌、十一尺。
・浮子/杉山、四番。
・道糸/1号。
・鉤素/0.4号、300粍+500粍。
・針 /サソリ6号+アスカ7号。
・納竿/十五時、若しくは強風が吹き出したらやめる。
午前九時。
川又での釣りが始まった。
本湖全体が見渡せるローケーションにいうことはない。
この季節特有の鯉のぼりがはためいているのも遠くに見える。
浮子下は一本半がベストのようだが、二本から始めてみた。
棚の適正よりも、振込み易さを優先したからだ。
三十分を過ぎたあたりで、早くも今日の前途に容易成らざるものを感じ始めた。
矢張り、二本でも振り込みが難しい。
懸念した通り、無風なら遠投することで何とか誤摩化せるが、風が舞うと餌の着水点がバラバラになってしまう。
そして、さらに感じることがある。
わたしが今いるのは、広い本湖の片隅。
こんな本湖の片隅で、チョコンと竿を出して釣れるのか。
しかも竿は短い、棚は浅いときている。
下劣な表現だが、先ほどから、太平洋で牛蒡を洗っているような気がしてならない。
果たしてこのような釣りでよいのだろうか…。
頭に中が不安で埋め尽くされていると、いきなり、ツンっ!。
意外なことに、突然、浮子が動いた。
空振りに終わったが、一転、ほのかな希望が沸いてきた。
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帰路に入釣場所を、対岸から撮った。
鯉のぼりがはためいている。 |
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午前十時。
あれから、三十分。
緊張感をもってのぞんでみたが、何も起きなかった。
浮子は無情にも、ぴくりとも動かなかった。
こうなってみると先ほど目撃した浮子の挙動は、幻だったかのような気がしてきた。緊張して損をした。
一度断念した、チョーチンがちらつきだした。
どうせ釣れないなら、チョーチンの方がよい。
あと三十分、浮子に変化がなければチョーチンにしよう。
そう決めて続けてみたが、なに事もなく三十分が過ぎた。
仕掛け袋からチョーチンの仕掛けを出そうとしていると、或ることを思いついた。
わたしの今の釣りは、浅棚釣りで、浮子下は二本。
チョーチンにするのは、一本半を試してからでも遅くはない。
浮子を竿尻の方に動かして、戦闘続行。
するとどうだ。
あまり期待していなかったが、四投目に、ズンっ!。
浮子が二節ばかり力強く沈んだ。
空かさず竿を合わせると、ゴツンっ!。
意外や意外。魚が掛かった。
しかもこの手応えは、地魚のようだ。
地魚が沖に向かって走りだす。
負けじと胴調子の赤い竿が湖面に向かって、弧を描きだす。
嗚呼、この快感!。
わたしは、この快感を味わいたくて釣りをしている。
地魚釣りの醍醐味を充分に味わい、左手に持った、玉で掬う。
やった、やった!。
小舟の上で独り、はしゃぐ私。
釣れる筈はないと思っていただけに、喜びはひとしおであった。
興奮気味に釣った魚の記念写真を撮ると思ったよりも大きい。
脳裏を魚籠(ふらし)が、チラリとかすめた。
しかし、魚籠は出したいが、サイズが微妙だ。
こちらの桟橋へのお持ち帰りサイズは、四十糎(センチ)以上。
これを持ち帰ると相沢さんが計測してくれる。
この規定を超えているとは思うが、案外、三八糎程度からもしれない。
サイズが足りなくても、相沢さんは、
「吉右衛門さん。困りますよ!」とは言わないだろう。
四の五の言わずに魚籠を取りだし、竿掛けと玉網置きの間に並べると、快感が二倍に膨れあがった。
正午。
本日ただ今の釣果、五枚。
魚籠を出した直後の一投目でも釣れた。
こいつも大きかったので、魚籠に入れた。
あとの三枚は三五糎ほどだったから、即座に池に戻した。
私が魚籠を使うのは、今回で三度目。
魚籠を買ったのは、あの入院前の平成二三年の秋。
私がお邪魔する他の釣り場、
三島湖は大きな魚を釣っても、見届け人がいないから使わない。
片倉ダムの方は認定サイズが、壱尺五寸以上。こちらは桟橋に持ち帰ると記念写真を撮ってくれる。私は釣ったことはないが、釣れることがあれば即座に納竿して計測に急ぐつもりだ。
さて、釣りの方。
浮子が活発に動くようになってきた。
五投に一投程度の割合で、魚信がある。
力強いツンだけでなく、消し込みもある。
しかし、釣れない。魚が針に掛からない。
なんとかしたい気もするが五枚も釣ったので、すでに、釣果への執着はない。
そんな厭戦気分が魚に伝染したのだろう。
このあとも玉網が濡れることは無く、一件落着。納竿と相成る。
今日は奥さんの電話から始まった釣りであったが、とても楽しい一日であった。
桟橋へ戻ったら、奥さんに御礼を言っておこう。
お仕舞い。
☻本日の釣況。
・08:30~14:20、十一尺一本半/五枚、バラケ+グルテン。
☻2015年データ。
・釣行回数/4回
・累計釣果/24枚。
2015年04月12日(日) 。
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